nLDKを超えた家
Vol.9
長い間、不動産広告を手がけてきたので、分譲マンションのモデルルーム、ハウスメーカーや住宅展示場のモデルハウスを数多く見てきた。最近のプランに関して言うと、分譲マンションはオーソドックス、戸建て住宅は意欲的という印象がある。
分譲マンションはLDKと洋室、洗面室・浴室・トイレといった水まわりが整然と効率よくレイアウトされたプランが圧倒的に多い。以前は一般的な物件でも結構おもしろい間取りがあったのになあ。浴室と主寝室の間にコンサバトリーといわれるフリースペースを設けて、湯上がりのほてった身体を癒したり、室内でガーデニングを楽しむ暮らしを提案していた。キッチンの横に“ミセスの書斎”と称して家事室を設けたプランもあった。7年ほど前に起きた耐震偽装事件後から、こうしたプラスアルファ空間が少なくなってきた気がする。因果関係はないと思うけどね。多分、ムダのないプランで専有面積を抑えて売りやすい価格にしたいという、デベロッパーの販売戦略が反映されているのだと思う。
これに対して戸建て住宅は変化している。3LDKとか4LDKとか、「nLDK」ではくくりきれないプランが増えてきているように思う。不動産の広告でもよく使われている「nLDK」という表記。これはLDKというパブリックスペースとn室のプライベートスペースで住まいが構成されていることを表している。ちょっと歴史的な話になるけれど、この「nLDK」という考えは戦後に大量供給された「住宅団地」にルーツがある。核家族を前提としてつくられた公私分離型の間取りであり、その概念は今もなお引き継がれている。
最近はこの「nLDK」では表せないプランが増えている。例えばLDKの一部に子どもが座って遊んだりお昼寝のできる茶の間を設けたり、キッチンの近くに子どものスタディコーナーをつくったり。2階には第2のリビングとも言えるファミリースペースを設けたプランもある。子供の成長や家族のコミュニケーションと住まいの関わりが見直されているのだと思う。
わが家を新築する時もいろいろ考えたんですよ。「nLDK」を超えたところに暮らす楽しさが生まれるんじゃないかと。玄関から直接出入りできる土間に薪ストーブがあって、そこで火を見ながらウイスキーを飲んだらうまいだろうなあ、リビングに続く小上がりに掘り炬燵があって、そこで飲む日本酒は格別だろうなあ、とかね(ぜ~んぶアルコールがらみ)。
でも、ことごとく反対されましたね、配偶者に。そんなスペースがあるなら寝室を1階につくるべきだと言うのですよ。歳を取ったら階段の昇り降りが辛くなるし、危険である。車椅子に頼る生活になるかもしれない。そのときあなたは小上がりに布団を敷いて暮らすのか。まあ、こんな具合です。介護医療に従事している配偶者らしい考えで、もっともだと思うのだけれど、現実的すぎる。すったもんだの挙げ句、はい、僕の負けです。土間の薪ストーブも、小上がりの掘り炬燵も夢と消えたけれど、2階に外の景色を見渡せるホールをつくった。ここでときどき、こぢんまりと読書をしております。
前段で「nLDK」は公私分離の考え方であると書いたが、「nLDKを超えた家」とは公と私の間にある空間を持つ家である。家族の気配を感じながらも自分の時間を楽しめる、そんな公でもあり私でもある曖昧な空間に豊かさが潜んでいる気がする。