大坪徹
事務所

COLUMN

コラム「楽天家を建てよう」

北海道のバーチャル住宅展示場WEBサイト「ままハウス」に2012年連載。

収載に際して、加筆修正を行っています。

茶の間のススメ

Vol.5

お茶の間の風景

かつて日本の一般的な住まいには、茶の間という団らんスペースがあった。若い人の中で、言葉としては知っていても実際にその空間を体験している人は少ないのではないだろうか。基本的には家族が畳敷きの床に座って過ごし、部屋の真ん中にはちゃぶ台と言われる座卓があって、これを囲むように茶箪笥(今で言うカップボード)やテレビが配置されている。テレビ番組の司会者がカメラに向かって「お茶の間の皆さん、こんにちは」な~んて、常套句としてよく言っていたものだ。

僕は小学1年生まで芦別にいたのだけれど、このとき住んでいた炭住(炭坑住宅)にも茶の間があったなあ。台所が続き間になっていて、料理を作っている母の後ろ姿を思い出す。ちゃぶ台を囲んで食事をしたり、テレビを観たり、かと思えば、いつのまにか父はゴロ寝で新聞を読み、母は編み物をし、姉は宿題をしている。僕はといえば、月刊漫画雑誌「冒険王」の付録に夢中になっている。とても懐かしい家族の時間だ。茶の間というマルチ空間で家族一人ひとりがお互いの気配を感じながら、好き勝手にくつろいでいたように思う。

先日、仕事で住宅展示場のモデルハウスを5棟ほど見学する機会があった。この住宅展示場は「子育て世代の家づくり」をコンセプトにしていて、家族のコミュニケーション、子どもの知育・しつけ、家事・育児の労力軽減など、その実現に向けて各住宅メーカーのノウハウが結集されている。その中で僕が注目したのが家族のコミュニケーションを深めるための工夫と提案だった。

ほとんどのモデルハウスがリビング、ダイニング、キッチンを一体化して、子どもがどこにいても親の目が届くようにしている。ダイニングの横にカウンターを設けて子どものスタディコーナーにしていたり、リビングの一角を畳敷きにしているプランもあった。モデルハウスを見て回りながら「あっ、これは茶の間の発想だな」と思った。ソファでテレビを観たり、畳の上に寝転んだり、ダイニングテーブルでお茶を飲んだり、カウンターで勉強したり。好き勝手にくつろぎながら、ゆるやかにまとまるという、茶の間の団らんだ。

もうひとつ「茶の間の発想」だと思ったことがあった。2階の個室に行く階段をリビングに設けているプランだ。かつての茶の間は通路でもあった。個室に行くためには、必ず茶の間を通らなければならない。そんな間取りが多くあった。家族がいつ帰ってきて、いつ外出したのかがわかり、家族が顔を合わせ、言葉を交わす機会を自然に生み出していたのだ。

パソコンや携帯電話の普及は、家族団らんのカタチを変えようとしている。わざわざリビングに来なくても、自分の部屋でテレビや映画を観たり、好きな音楽も聴ける。友達と会話を楽しむこともできる。知人がお酒を飲みながら「家族が集まるのは晩飯のときだけだよ」と寂しそうに語っていたのを思い出す。時間のパーソナル化が進んでいるのだ。こんな時代だからこそ、リビング・ダイニングの役割は大きいと思う。家族一人ひとりにリラックスできる場があって、気がつくと自然にみんなが集まっている。仲よくバラバラにくつろいでいる。そんな「茶の間の発想」を家づくりに取り入れてみるのもいいんじゃないだろうか。

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