大坪徹
事務所

COLUMN

コラム「楽天家を建てよう」

北海道のバーチャル住宅展示場WEBサイト「ままハウス」に2012年連載。

収載に際して、加筆修正を行っています。

察しの家

Vol.4

リビング吹抜け

5月に入って、堰を切ったように春がやってきた。窓から射し込む陽光は、明らかにその強さを増している。自室で本を読んでいて暑さを感じ、今年初めて窓を開けた。その途端、外界からさまざまな音が部屋に流れ込んできた。家の前を流れる望月寒川の水音、風に揺れる木々のざわめき、鶯の啼き声。「お父さん、ほら、チューリップ、咲いたよ」という、お隣のご夫婦の会話も聞こえてくる。

最近の住宅は断熱性、気密性に優れているので、そのぶん遮音性も高くなっている。以前住んでいた中古の家では、雨が地面を叩く音で夜中に目を覚ましたこともあった。いま住んでいる築6年の家では考えられないことだ。戸建住宅を建てるときに考慮しなければならない音の問題は、大別すると2つあると思う。ひとつは家の内と外の関係だ。前段で述べたように、寒さが厳しい北海道の家は断熱性、気密性においては全国でもトップクラスなので、室外と室内の遮音性についても高い性能を持っているといえる。もうひとつが部屋と部屋、家の中における音の問題。これがなかなか厄介なのだ。

はい、ここから、このコラム恒例“大坪さんちの家づくり失敗談”です。正直いって、室内の音のことなんてまったく気にもせず設計した。音という概念自体が欠落していたといっていい。部屋の広さの確保、動線の使い勝手、見た目の美しさとかにとらわれて、家中に生活音が響きわたる名器が出来上がった(ストラディバリウスじゃないつーの!)。

まず限られた建築面積を有効に居室空間へと活かすために廊下というものを排除した。その結果、1階に設けたLDKと、玄関ホール・トイレ・洗面室・寝室が直結し、隔てはドア一枚だけ。LDKは騒音の巣窟である。テレビの音、キッチンの水音、電子レンジの操作音や食器洗い乾燥機の運転音、そして家人の話し声と愛犬エルの吠え声(気に食わない犬が家の前を通るとリビングから威嚇するのだ)。住み始めた当初は、寝室のベッドに入ってからもなかなか寝付けないという日々が続いた。

さらに問題になったのがトイレからの音。僕はあまり問題視していないのだが(シモの音さえも共有することが家族だと思っている!)、妻と娘にとってはとんでもない音問題らしく、トイレ消音器っていうんですか?ボタンを押すと流水音が出るやつね。アレをすかさず買ってきましたね。

室内の音問題でもうひとつ。最近流行っている吹抜け。わが家も開放的なLDKにしたくて吹抜けを設けたのはいいけれど、騒音の巣窟であるLDKと2階の客間が吹抜けで連続してしまい、しかも障子戸で間仕切りしているので音が筒抜け。泊まりがけの来客があったときは、ゆっくり休んでもらいたいから、比較的静かな僕の仕事部屋に蒲団を敷いて寝てもらっている。現在、畳敷きの客間は僕のごろ寝専用室になっている。

この寝室、トイレ、客間の音問題は、すべて実際に住んでみて初めて気づいたことだ。設計段階でどれくらい音漏れするのかを予想するのは、素人にはなかなか難しいと思う。これから家を建てようとする方は、業者の方にしっかり相談した方がいい。大坪さんちを反面教師にしてください。

「音に聞く音漏れの名所」と化したわが家ですが、何とかなるというか、何とかするというか。誰かが寝ていいたり、考え事をしていたり、静かな環境が必要だとわかれば、テレビのボリュームを低くすればいいし、そんなに広い家でもないんだから小声で話せばいい。

歴史学者の会田雄次氏が著した『日本人の意識構造』を学生のときに読んだのだが、昔から日本の住まいは襖や障子で仕切られていたから、家人が大切な話を隣室でしていたら「これは聞いてはいけない話だ」と察して、聞かないようにする。日本人には、そういう「察しの文化」があると書かれていたのを思い出す。家族がお互いの状況を察し、気遣いながら暮らす。(ちょっと負け惜しみも入るが)それもまたいいな、と思うのである。

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