大坪徹
事務所

COLUMN

コラム「楽天家を建てよう」

北海道のバーチャル住宅展示場WEBサイト「ままハウス」に2012年連載。

収載に際して、加筆修正を行っています。

いとおしいヤツ

Vol.3

愛犬エル

家族以外の人に向かって、自分の家族を褒めたり、自慢するのは野暮だと思っている。恥ずかしいことだとも思っている。でも我慢できない。言っちゃう。イイヤツなんだなあ、これが!。妻のことでも子どものことでもない。わが家の愛犬・エルのことだ。10歳、オス、雑種。10年前に札幌市の動物管理センターから、生後3カ月で貰ってきた(この時の奇跡的な出会いを紹介したいのだけれど、長くなるので我慢する)。

とにかく“わかりやすいヤツ”なのだ。僕が帰宅すると、真っ先に玄関に現れ、全身で歓待してくれる。その興奮ぶりは尋常じゃない。ありったけの筋肉を使ってちぎれんばかりに尻尾を振り、前足をばたつかせ、「おう、おう、よう帰ってきた!」と感きわまった瞳で僕を見つめるのだ。悪さをして叱られると耳をすぼめてそそくさとダイニングテーブルの下に逃げ込み、散歩中に好みのメス(小型犬の白毛がタイプだ)を見つけると、猛然とダッシュする。邪気がないというか、単純明快というか。

エルがわが家にやってきてから4年が過ぎた頃、中古で購入した家を取り壊して、新築することにした。プランを考える上での、大きな要素のひとつが「エルとうまくやっていける家」だった。それまで住んでいた中古の家には足洗い場などあるはずもなく、散歩から帰ってくると「よいしょ」と持ち上げ、浴室まで運んでいた。腰に持病のある妻にとってはかなりの負担だったと思う。トイレも玄関にシートを敷いて対応していたが、やはり臭いが気になった。そこで外から直接出入りできる足洗い場兼トイレを最優先に考えた。それと食欲旺盛なヤツで肥満気味だったから庭に柵を設け、自由に走り回れるようにした。

当時もペットブームで、住宅メーカー各社は「ペットと共生できる家」をコンセプトにしたプランや設備を提案していた。リビングの一部に設けたフェンスのあるペットコーナー、汚れた足のまま上がれる土間、汚れに強く補修しやすい床材や吸臭効果のある壁材など、わが家でも採用したいものがいくつかあったが、予算やスペースの都合であきらめた。ただ、たまにフローリングに足を滑らせてズッコケているエル見ると、滑りづらいタイルの床かムク材の床にしてあげれば良かったかなあとは思う。

小学校低学年まで犬を飼っていた。あの頃と今とでは犬に対する思いがまったく違う。小さい頃は、犬は遊び相手でとにかく一緒にいるのが楽しかった。犬も無邪気なら、人間も無邪気。無邪気と無邪気がじゃれあい、転がり、走り回っていた。でも今はいとおしいのである。間違いなく年齢のせいだ。50歳半ばになって、さすがに僕も身体の衰えを感じる。駅の階段を昇ると息切れがするし、徹夜仕事もできなくなった。人の名前を思い出せなかったり、物をどこに置いたか忘れてしまう。脳のほうも怪しくなっている。

犬は人間の7倍の早さで歳を取るというから、10歳のエルは僕の年齢をすでに越えてしまったことになる。若い頃は跳ねるように歩いていたのに今はのしのしといった感じ。大好きなソファに上がるときも「ドッコイショ」という動きなのだ。エルの幼少期、青年期、壮年期、そして老年期を、わずか10年間で見通してしまった。ひとつの生命と向き合い、その輝きが少しずつ衰えていく様にしみじみとさせられる。

ソファの上で安心しきった様子で寝ているエルに、僕は心の中で語りかける。おまえとあと何年、この家で一緒に暮らせるのだろう。お前も歳だけど、おれも歳だ。老齢と老齢がじゃれあって、転がって、走り回ろうぜ。静かに、ゆっくりとな。

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