大坪徹
事務所

COLUMN

コラム「楽天家を建てよう」

北海道のバーチャル住宅展示場WEBサイト「ままハウス」に2012年連載。

収載に際して、加筆修正を行っています。

一本道のある家

Vol.2

リビング階段

3月に入ってから、さすがに寒さが緩んできた。晴れた日には、わが家のポーチ脇に設けた花壇の雪が少し解けて、そのたびに土が顔を出すようになった。「春が来てるんだなあ」と実感。とてつもなく厳しい冬だったけれど、辛いことはそう長くは続かないもの。ちゃんと時間が解決してくれるんですね。

春は子どもを想うことの多い季節だ。卒業、入学、進学と、子どもだけでなく親にとっても人生の節目が集中する。安堵と期待と不安…子どもの「これまで」と「これから」を想う気持ちが交錯する。ある調査によると、住宅購入理由の第1位は「子どもの成長」だそうである。子どもの入学や進学に合わせて、家を建てる人が多いらしい。確かに住まいは、子どもにとって学びの場であり、親にとっては教育の場となる。

最近は住宅メーカーも親子のコミュニケーションや学習環境、しつけなど、子どもの成長と住まいの関係に目を向け、子育て世代をターゲットにした商品を開発している。例えば、子どもが小さいうちは勉強部屋を与えず、キッチンやダイニングのそばにスタディコーナーを設けている場合が多い。親の気配を感じることで子どもは安心し、そのぶん勉強に集中できるという研究成果を取り入れたものだ。家族の団らんの場といえばリビング・ダイニングだが、プラスアルファの空間としてファミリーコーナーを2階ホールなどに提案している場合もある。子どもの絵本や図鑑、親のパソコンや雑誌を一緒に置くことで、親子のコミュニケーションのきっかけになるという考え方である。

親子の自然なコミュニケーションを生むプランのひとつに「リビング階段」というものがある。これは2階の子供部屋に行くための階段をリビングに設けたもの。そうすることで子どもの帰宅や外出がわかり、自然に顔を合わせ、言葉を交わす機会が増えるように工夫されている。いわば住まいの一本道。わが家を新築するとき「これはいい」と思った。

当時、娘は高校1年生だったけれど、卒業後に家を離れる可能性もある。そうなれば、あと2年ちょっとしか一緒にいられない。だからといって「今のうちコミュニケーションとろうね」と言うのも妙だし、気持ち悪い。自然なカタチで親子の接点をつくれたらいいな、と思ったのだ。こうして、玄関から2階にある娘の部屋に行くには必ずリビングを通らなければならない家が出来上がった。

リビング階段は正解だった。玄関と2階が階段で直結していた前の家とは違って、娘と顔を合わせ、会話する機会が増えたような気がした。友達が遊びにくれば、どんな子たちと付き合っているのかもわかる。ところがある日、帰宅すると妻が深刻な顔をしている。どうしたのかと尋ねると、娘が「ただいま」も言わず、目も合わせず駆け足で階段を上り、自分の部屋に閉じこもっているという。夕食の時間になっても部屋から出てこない。様子を見てくるという妻を引き止めた。そっとしておいた方がいい。妻をリビングに残して、僕は寝室に向かった。目も合わせず階段を駆け上がった娘…その映像が頭をよぎり、僕の心を揺らした。リビング階段というのは、親のエゴイズムだったのではないだろうか。家族同士だって顔も見たくないし、話したくない時もある。一本道は柔軟性に欠ける。家には抜け道が必要なのではないだろうか。

あれから6年。娘は高校卒業後も家を離れず、社会人になった今もわが家に居座っている。帰宅するとしばらくの間、リビングでその日会社で起きたことや、ほとんどどうでもいいことをしゃべりまくり、おもむろに2階へと上がっていく。リビング階段がいいものなのかどうか、今でもよくわからない。でも、いずれ娘も結婚して家を離れるだろう(かなり不確定だが)。それまでの間、顔を合わせる機会をつくってくれる一本道はありがたい、と性懲りもなく父親は思っている。

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