大坪徹
事務所

COLUMN

コラム「楽天家を建てよう」

北海道のバーチャル住宅展示場WEBサイト「ままハウス」に2012年連載。

収載に際して、加筆修正を行っています。

家と雪のバラード

Vol.1

この冬、北海道は記録的な豪雪に見舞われている。とくに岩見沢は雪雲の集中攻撃を受けて、市内の路線バスやJRは運休するわ、道央道は通行止めになるわ、歩道は歩けないわ、これはもう雪害という名の自然災害だと思う(陸上自衛隊の派遣要請の遅れが問題になった)。一戸建てに住んでいる人はさぞかし、心身ともに疲れ果てたのではないだろうか。なにしろ一日中雪かきしても、どんどん家が雪に埋まっていくのだから。身体的に除雪のできないお年寄りは、雪に閉じ込められるのではないかと不安だったに違いない。

雪は楽しい遊びや美しい風景を連れて来てくれるけれど、北海道に住んでいる人にとっては魔物でもある。家を建てようとするとき、雪処理対策をしっかり建築プランに取り入れなければならない。僕は十数年前に横浜から札幌に家族と移り住み、そのとき中古の一戸建てを購入した。購入を決断した理由のひとつが「家の前に川がある」ことだった。

この川は望月寒川(もつきさむかわ)といって、一級河川ではあるけれど河川敷を持たない小さな川である(「も」はアイヌ語で「小さい」という意味がある)。「これは雪かきが楽だ!」と思った。なにせママさんダンプで玄関前から幅6メートルほどの市道を越えて、そのまま川にドボンと落とせばいいのである。実際、その家に住んで初めての冬は「してやったり」とニンマリしたものである。

この中古住宅に住んで数年ほど経った頃、新築に建て替えることになった。あまりの安普請に配偶者が悲鳴をあげたのだ(この辺のいきさつについては、結構笑えるのでのちのち書くことする)。新築するにあたって、最初に考えたのが敷地に対する建物配置である。日照のこと、車の置き場所、もちろん除雪や排雪のことも考慮しなければならない。

そのとき、ここに引っ越して来た頃、お隣さんがポロッとつぶやいた言葉を思い出した。「この家が道側に寄り過ぎていて、うちの庭に陽が入らない。もうちょっと引っ込んでくれていたら良かったのに」。この中古住宅を建てた前住者に対する、積年のブーイングである。当時は“こちらの責任ではない”と気にも留めていなかったが、後から家を建てるとなると事情は変わってくる。当然、隣家に配慮する必要がある。

僕は建物をセットバックすることにした。道から多少奥まっていた方が住まいとしての佇まいが良いような気がしたし、何しろ前は川である。玄関前のスペースが広くなっても、除雪・排雪の労力はさほど増えないと思ったのだ。

ところがである。新しい家も完成したある日、町内会の回覧板がまわって来た。そこには「春の雪解けシーズンに望月寒川が増水する原因となるので、川に排雪することを禁止する」と書かれていた。しかも川に沿ってコンクリート土台を設け、その上にガードレールを施すという。雪を川に捨てることはまかりならん!という行政の意思表示である。晴天の霹靂である。

今年、わが家のある豊平区は例年より降雪量が少ない気がする。ただし真冬日が続いて、雪がいっこうに解けずに積もる一方だ。家の前に殺風景なガードレールと排雪禁止の立て看板ができてからは、雪を庭の方にせっせと運んでいる。でもね、負け惜しみじゃないけれど、玄関前のスペースを広く取っておいて良かったと思っている。お隣さんの手入れの行き届いた庭がわが家の玄関からも鑑賞できるようになって楽しいし(借景というやつだ)、来客用の駐車スペースとしても役立っている。ものは考えよう、住めば都。100%完璧な家づくりなんてないのだ。時が経てば家族構成も、周囲の環境も変わる。住まいの技術もどんどん革新され、時代の価値観だって変化していく。いちいち建てた家を悔やんでいたらキリがない。そのつど、住み慣れた家とうまく折り合いを付けていけばいいのだ。

家づくりは人生最大の事業といわれるけれど、もっと肩の力を抜いて「したい暮らし」をあれこれ想い描きながら家づくりを楽しんでほしい。このコラムのタイトル「楽天家を建てよう」には、そんな想いを込めている。僕が家づくりを通して感じたこと、住んでからのハプニング、子供の頃の家の記憶、そして仕事上で得たわずかな住まいの知識を織りまぜながら、このコラムを連載していきたいと思う。どうぞ、よろしく。

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