大坪徹
事務所

COLUMN

コラム「楽天家を建てよう」

北海道のバーチャル住宅展示場WEBサイト「ままハウス」に2012年連載。

収載に際して、加筆修正を行っています。

お似合いの家

Vol.7

黒い家とレンガの家

ここのところ、寝不足が続いている。暑さのせいでもなく、仕事がとくに立て込んでいるわけでもない。ロンドンオリンピックだ。もう若くはないし、次の日(深夜なので当日ですね)が辛くなるとわかっていてもテレビを観てしまう。とくにサッカーは見逃せない。今この原稿を書いている時点では、男子も女子も勝ち進んでいるので、寝不足ではあるがすがすがしい気分というか、選手たちの奮闘にエネルギーさえ貰っている気がする。

もうひとつ僕の中で見逃せないのがマラソンだ。オリンピックに限らず、国内の大会とか、正月の箱根駅伝とか、ついつい観てしまう。走行中の駆け引きに目が離せないし、選手がゴールした時の精根尽き果てた姿は美しく、感動的だ。マラソン観戦の醍醐味はそれだけではない。市街見物である。選手たちの走りとともに、どんどん風景が変化していく。見知らぬ街を小旅行している気分だ(しかも片手にビール、おつまみ付き!)。

昨日は女子マラソンを観た(こちらは午後7時からテレビ放映されたので寝不足にならず)。いやあ、ロンドン観光を堪能しましたね。バッキンガム宮殿前の通りからトラファルガー広場やビッグベンを通り、その後はテムズ川沿いを進んで、セント・ポール大聖堂、ロンドン塔などの観光地を巡る周回コース。古い石造りの建築物と石畳の舗道、緑の美しい並木…。そこには、固有の統一性があった。一過性のスタイルには見向きもせず、永い時間をかけて熟成され、受け継がれてきた価値とでも言おうか。

建築物は風景を一変させる。今まで見えなかったものが見え、今まで見えていたものが見えなくなったりする。戸建て住宅も同じである。建物の形、向き、色…、それらのすべてが風景になっていく。以前、漫画家の楳図かずおさんが吉祥寺に「紅白しま模様」の自宅を建てたところ、景観上問題があるということで近隣の住民に訴えられたことがあった。まあ、賛否両論あるとは思うけれど、僕としては新たな建築物はすでにある風景に対して敬意をはらわなければならないと思っている。

現在の家を新築した時も、外装材や色などを決めるにあたって、周辺との調和を意識した。とくにお隣りさんとの関係。この家は外壁全面に江別の赤レンガが使われていて、その風合いのある佇まいが僕は大好きだった。この家とうまく融合できたらいいな、と思った。しかしレンガの外壁は高価だ。とても手が出ない。そこで、まずレンガ色に合う外壁の色を考えることにした。直感的に黒色がいいと思った。品のあるコントラストだと思ったし、風景が引き締まる気がした。次に黒色の外装材を探した。いろいろ検討していくうちに、ガルバリウム鋼板に行き着いた。レンガと金属の「異質なる融合」だ。

僕はひとり悦に入っていたが、父が初めて新築のわが家を見た時の一言で不安が広がった。「まっ黒けか~、テッパンの家か~」と、きたもんだ。かなり困惑してましたねえ。今では黒色のガルバリウム鋼板の家は珍しくもないが、当時は確かに少なかった。もしかしたら、お隣りさんも父のように困惑しているのではないか。

ある日、庭の手入れをしていたお隣の奥さんが僕に話しかけてきた。家の配置を以前よりセットバックしたのでお隣りの日当りがよくなり「おかげで庭仕事が楽しくなったわ」とお礼を言われ、それに続けて「モダンな感じでいいわね。うちとお似合いね」と言ってくれたのだ。僕はホッとし、そしてうれしかった。

このお隣の奥さんという方は、社会学者で、当時、札幌学院大学の学長をされていた布施晶子さんのことである。とても気さくな方で、外でよく立ち話をさせていただいた。昨年の春に74歳で他界されたが、お隣の庭を見るたびに「うちとお似合いね」という言葉を思い出す。

そうなんだな。ロンドンの、あの美しい街並も「お似合い」の積み重ねなのかもしれない。ひとつの建築物が建ち、それにお似合いの建築物を並べ、お似合いの舗道を造り、お似合いの樹や花を植栽していく。固有の統一性を持つ風景はそうやって形成されていくのだ。わが家とお隣りさんの「異質なる融合」は、これからどうなっていくのだろう。とりあえず、暑い夏が過ぎたら、塀に沿って「お似合い」の花を植えようと思っている。

« »

コラムの一覧へ

トップページへ