大坪徹
事務所

COLUMN

コラム「楽天家を建てよう」

北海道のバーチャル住宅展示場WEBサイト「ままハウス」に2012年連載。

収載に際して、加筆修正を行っています。

土地への執着

Vol.11

土地への執着

11月下旬に首から右肩にかけて押し込まれるような痛みを覚えた。ははあ、これが五十肩というものか、でも腕は上がるのになあ、変だなあ、なんて思っていたら、数日後、右腕に激痛が!これが懲らしめられているような痛さで、過去の愚行のバチが当たったのではないか。そういえば、思いあたる節が多々あり…。整形外科病院でレントゲンを撮ってもらったところ、「首のヘルニア。結構前からだね」と医者に言われた。腰のヘルニアは知っていたけれど、首もヘルニアになるんですねえ。パソコンに向かって仕事をしている時間の長い人がかかりやすいらしい。50歳を過ぎるといろいろとねえ。歳月とともにガタがくるのは家も同じ(ヘルニアから無茶振りですが)。わが家はまだ築6年なので建物自体はまったく問題はないのだけれど、外まわりの意外なところが経年変化していた。

12月初旬、二人のいかつい男性がわが家を訪れた。一人はスーツ姿でもう一人は作業着姿。平日の昼間だったので妻が対応したのだが、いきなりスーツ男(不動産会社社長)が「お宅の◎×△がうちの□◇※に☆○△」と喧嘩腰にまくしたて、ポカーンとしている妻を見て、作業着男(土木工事会社社長)が「まあまあ」とスーツ男を制して話し出した。その間も不動産会社社長が口を挟むので理解するのに時間がかかったらしいのだが、要約するとこうである。「お宅の西側に隣接する土地は不動産会社社長の土地である。長年、土地を貸してきた(工務店が作業場として使っている)が、この度、整地して売り出すことになった。土地を確認してみると、お宅の縁石が境界をはみ出している」というクレームである。土木工事会社社長は時間が経てばずれることもあると言っているのに、不動産会社社長の怒りはなぜか収まらない。妻は「然るべき住宅会社で建てたので間違いはないと思うが、こちらでも一度確認する」ということでお引き取りいただいたという。

翌日、紐を張って確認すると、確かに縁石の一部が1㎝ほど境界をはみ出していた。家を建てた住宅会社に「うちの隣りの土地がね」と電話で言うと、「ああ、西側の土地ですね」と言う。「何でわかるの?」「いま、売りに出されてますよね」。さすが不動産業界、情報が早い!となると話も早い。住宅会社によると、西側の隣地がわが家の土地より低いので、雪の重みなどでずれたのではないかという見解。早速、工事をしてもらったのだが、念のため縁石を境界から10㎝ほどセットバックした。

僕が大好きだった俳優、大滝秀治さんが10月2日に亡くなられた。台詞の一言一言を絞り出すように語る演技に大笑いしたり、泣いたりした。「You Tube」でその名演技をもう一度観たいと思い、探していたら「北の国から」の一場面に出くわした。大友柳太郎さんが演じる老人の葬式の宴。開拓期に土地の杭を一尺動かして隣りの土地を取ろうとした老人の行為を、都会に住む息子が「どれだけの得がある」と揶揄する。その話を黙って聞いていた大滝秀治さんがおもむろに語り出すのである。「一尺四方を掘り起こすのに、畳一帖の石があったらどうする。でっかい木の根があったらどうする。そういう時代を生きてきた人間の土地に対する執着が、お前らにわかるか」。

その場面を観た後、僕は威圧的とも言える態度を取った不動産会社社長のことを思い出した。縁石を簡単に10㎝セットバックした僕には計り知れない土地への執着が、彼の中にあったのではないか。彼にとって土地は言わば商品である。1㎝たりとも譲れない土地への執着。それは土地を扱うプロとして、当然持つべきものなのだろう。後でわかったことだが、その不動産会社は昔からこの辺りの地主だったらしい。そうであれば、父親から受け継いだという特別な思いがあったのかもしれない。

誰でも小さな執着を密かに抱えて生きている。それは、生まれ育った時代や場所、家庭環境、身体的なこと、仕事などが複雑に絡み合って形成されていく。その頑なで奥深い領域を、他人が理解することはとても難しいことだ。

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