大坪徹
事務所

COLUMN

コラム「こんな人にはかなわない」

札幌で2012年から2014年に発⾏していたフリーマガジン「Madura(マドゥーラ)」に連載。

収載に際して、加筆修正を行っています。

初々しい人

vol.0

長年、広告の仕事に携わってきたので、いわゆる芸能界の人たちとも一緒に仕事をさせていただいた。その中で今も心に残っている二人の女優さんがいる。ラジオCMのナレーターとして僕のコピーに命を吹き込んでくれた薬師丸ひろ子さん。それと、僕のつたないインタビューに「その質問、面白くないわ」とピシャリ戒めてくれた岸惠子さんだ。お二人とも、それは美しかった。女優さんだから当然といえば当然なのだが、彼女たちに共通していた美しさは視覚的な次元を超えたものだ。それを一言で言うと“未知なるものへの畏怖”ではないだろうか。初々しさと言ってもいいかもしれない。

薬師丸ひろ子さんは、ナレーション原稿の同じ箇所で何度もNGを出した。口がまわらなかったり、つっかかったり。数本まとめての録音だったので疲れていたのかもしれない。拘束できる時間は限られている。タイムリミットが近づき、スタジオ内に緊張が走る。僕はディレクターにナレーション原稿の書き換えを提案した。録音に立ち会っていたクライアントの許可を得てその場で原稿を書き直し、いきなり本番。結果は一発OK。そのときの薬師丸さんの表情が忘れられない。ウレシイ、ゴメンナサイ、アリガトウがごちゃ混ぜになっていた。彼女も必死だったのだ。僕は美しい人だなと思った。

岸惠子さんへの取材テーマは「親子」だった。彼女には娘さんが一人いて、当時はロックバンドを組んでいたと記憶しているけれど、今はどうしているのだろう。僕は取材にあたって、表面を撫でるようなことだけはしまいと心に決めていた。岸さんのわが子に対する想いを、リアリティのある言葉とともに引き出したかった。ぶしつけで失礼な質問もあったと思う。叱られるか、拒否されるか。なにせ、相手は大女優である。でも、そのどちらでもなかった。岸さんは慎重に言葉を選び、ときどき頬に掌を当てながら沈黙し、真摯に答えてくれたのである(一度だけ「その質問、面白くないわ」と言われましたけどね)。僕は美しい人だなと思った。

薬師丸ひろ子さんも、岸惠子さんも、プロフェッショナルとして、ベストを追求しようとしていた。経験豊富な人にありがちな「この仕事は、まあ、こんなところで」という気配をみじんも感じなかった。今という瞬間は人生の中で最も新しい時間であり、自分は未知なるものに試されているのだという「おびえ」さえ感じられた。新たな局面に対し、おごらず、あなどらず、おののき、震え、躊躇する。未知なるものへの畏怖こそが彼女たちの「初々しい美しさ」を醸し出していたのだと思う。

僕は怠け者である。隙あらばラクしようとする。「まあ、いいか」という思いと闘うものの、だいたいは負けてしまう。しかしというか、だからというか、僕は怠ける人が嫌いだ。だって怠け者と怠け者がつるんだら大変なことになるじゃないですか。薬師丸ひろ子さんや岸惠子さんのように初々しさを秘め、高をくくらない人が好きだ。裏返せば、僕にとっては「かなわない人」たちなのだ。

この「Madura」の連載コラムでは、「かなわないなあ」と感じた人や出来事を紹介していきたいと考えています。今回は有名人が登場したけれど、街を歩いていると結構いるんですよ「かなわない人」たちが。どうぞ、よろしくお願いします。

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