大坪徹
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COLUMN

コラム「にほんご雑記帳」

ちょっと気になる日本語について、気まま思いのままに書きつづる雑記帳。全4話。

札幌で2012年から2014年に発⾏していたフリーマガジン「Madura(マドゥーラ)」に連載。

収載に際して、加筆修正を行っています。

遣らずの雨

Vol.2 

「そろそろ、おいとましようかな」

「あら?遣らずの雨」

一人の男が小料理屋の止まり木で酒を飲んでいる。客は誰もいない。美人女将と二人きり。男は腕時計をちらりと見て「そろそろ、おいとましようかな」と言う。そのとき雨音が忍び込んできた。女将が「あら?遣らずの雨」と独り言のようにつぶやいて、窓の向こうを見つめる。男はおもむろに空の杯をまた手にする。女将は黙ってそこに酒を注ぐ。

「遣らずの雨(やらずのあめ)」という言葉から、こんなシーンが思い浮かびます。ほとんど憧れです。「遣らずの雨」とは、まるで帰ろうとする人を引き止めるかのように、降り出す雨のこと。少しでも長く引き止めておきたい、切ない気持ちを込めた言葉なんですね。自分の想いを偶然降ってきた雨に託すなんて、なんて奥ゆかしく、機知に富んでいるのでしょう。

男女の間ばかりでなく、友人同士、あるいは仕事上の大切な来客に対しても使える言葉です。ただし、相手が言葉の意味を知らなければ、せっかくの「遣らずの雨」も水泡に帰すばかりですが…。

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